東京地方裁判所 昭和35年(ワ)3860号 判決 1962年7月07日
原告 有限会社日本写真光学社
被告 株式会社協同測量社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し金三十八万三千百四十八円及内金三十八万千二百六十円に対し昭和三十年十二月一日以降内金千八百八十八円に対し昭和三十年十月十一日以降夫々完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え訴訟費用は被告の負担とするとの判決並仮執行の宣言を求め其請求の原因として原告は製図機製造販売を目的とする会社であるところ被告に対し広角投射式製図機P3型一組を代金壱百八十八万壱千弐百六十円で昭和二十九年十二月一日売渡したが、代金の支払はおそくも納入日翌日送金支払の契約を締結し原告は契約通り納入した、右代金の支払は契約通り受けることができず再三請求して昭和三十年八月三十日迄に分割して遅滞しながらも百五十万円の支払を受けることとができた当日被告は金十万円を支払つたが残金三十八万千二百六十円に付ては其支払時期を昭和三十年十一月末日迄に猶予した。更に原告は被告に同年十月十日カーボンブラシユ二十五箇代金千円及電球十二箇八百八十八円を支払いは直ちに送金する約束で売渡した然るに被告は今日に至るも右二口の債務の履行をしないから被告に対し右代金及夫々其弁済期の翌日より完済に至る迄年六分の商事法定利率による損害金の支払を求める為本訴に及んだと述べ
被告の抗弁を否認し之に対し(一)被告は本件機械の瑕疵を発見しながら直ちに其旨を原告に通知しない以上契約解除権を有しない(二)時効の抗弁に対し被告は前記の猶予された支払期日にも其代金を支払はず原告会社の社員幸山広治が昭和三十三年十二月二十五日被告会社を訪問して其支払を請求したところ被告会社は其支払の猶予を、求めたから時効は中断されたと述べ立証として証人幸山広治の証言原告会社代表者幸山正治の尋問の結果を援用した。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告主張事実の内被告が原告より其主張の製図機械を其主張の日其主張の代金で買受け当時其引渡を受け昭和三十年八月三十日迄其内金百五十万円を原告主張の如く支払つたことは之を認めるが其余の事実は否認する
抗弁として次の如く主張した、
被告が本件機械を買入れるに当つてはその性能に付当時建設省陸地測量部にあつた外国製の機械(アメリカ製ボツシロム)と同等又はそれ以上とのことで買入れたところ本件機械は殆んど使用に耐えないような粗悪品であることが判明した殊に
(イ) 投射レンズ不良の為地図面に誤差が出る
(ロ) 冷却装置のフアンモーターが悪く刷子の接触不良の為フアンモーター全部が故障を生じ使いものにならず且振動が強い
(ハ) 光源調節機の故障多く投射機の電球がすぐ切れる
(ニ) 投射機のY軸動作不良乾板の圧定不良
(ホ) アングル不良にして揺れる
即ち右の欠点がある為地図に誤差を生ずるのみならず標定作業困難にして本件機械の引渡があつたとき被告は之を検査し不良の部分は原告が修正その他必要な措置を取る約束であつたので被告は機械の修繕を屡々請求したが原告は之に応じない仍て(一)本件売買契約は其要素に錯誤があるから無効である然らずとするも本件売買は原告の詐欺によりなされたものであるから取消の意思表示をする(二)仮に右主張が理由なしとするも原告は債務の本旨に従つた履行をしないから債務不履行を理由として本件売買契約は解除されたものである(三)右主形が理由ないとするも本件債権は売掛代金債権か又は製造人の債権であるから二年の消滅時効完成し原告の本件債権は消滅したものであると述べ立証として証人宮嶋秀幸御子貝茂西村房治郎の証言並検証鑑定被告代表者中沢蔀の尋問の結果を援用した。
理由
被告が原告から其主張の日時其主張の製図機械を其主張の如き約で売渡し当時其引渡を完了し被告が右代金の内原告主張の如き金額の支払をなしたることは当事者間に争がないところであり証人幸山広治の証言によれば原告は被告に原告主張の頃カーボンブラツシユ二十五箇電球十二個合計千八百八十八円で原告主張の如き約束で売渡したことを認めることができる。
仍て先本件機械代金の請求に対する被告の抗弁に付按ずるに証人宮嶋秀幸御子貝茂西村房治郎の証言検証鑑定並被告代表者中沢蔀の尋問の結果を綜合すれば本件機械はムルチプレツクス型と言はれる図化機であつて航空機上から水平飛行をしながら地上を撮影した空中写真を地図に図化しその高低を表現せしめる目的を以て製作された製図機であり被告は其営業とする地図の作成は従来輻射線法と称する肉眼による方法で行つていたが其作業能率をあげる目的で本件機械の製造販売を其営業目的とする原告から購入した、そこで被告は前記の如く右機械の引渡を受けた後直ちに自己工場に之を据付其作業を開始したところ被告主張の如き欠点があつて其性能が十分でないので直ちに原告に連絡して数回に修繕を重ね以下記載の分を除いては不十分ながら補正されたが結局被告主張の(イ)(ホ)の点は全く改善するに至らず元の侭の状態であり即ち(イ)に付ては投射レンズのガラス質の不均質研磨の不均一又はレンズ組立の際の光軸の不一致等の原因により生じたひずみの影響を受け相互標定連続標定の時に狂いが生じ(ホ)本件の下部構造の全部に亘る強度不足の為機械の制度を保持することが不可能であつた右の欠点の外他の部分に残存する欠点の為被告は之を購入しても其目的とする航空写真の図化の目的を達することができず其の後他の機械を使つて其作業をしているものであることを認められ右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで被告は本件売買契約は要素に錯誤があるから無効である旨主張し右認定の如き瑕疵の存在が右売買をなしたる目的を達することができない程度のもので要素の錯誤に該当すること明らかであるがこの場合には民法第五百七十条第五百六十六条により解除権を認め売主の担保責任を定め契約をして当然無効ならしめることがない然らば右の場合民法第九十五条の適用なきものと解するを相当とするから被告の右主張は採用することはできない次に被告は仮に右主張が理由なしとするも本件売買契約は原告の詐欺によりなされたものであるから取消す旨主張するけれども此点に付ては原告主張の詐欺の事実は之を認むるに足る証拠がないから右主張も亦採用できない。
次に被告の本件売買契約の解除の主張に付按ずるに民法第五百七十条第五百六十六条による契約解除権は買主が事実を知りたる時より一年内に之をなすことを要するものであるところ記録によれば被告が本件売買契約解除の意思表示をなしたるは本件第三回口頭弁論期日の昭和三十五年十月六日であり其以前に解除の意思表示をなしたる何等の証拠はなくしかも被告が前記瑕疵ある事実を知りたるは前記認定の如く本件機械の引渡を受けた直後であるから被告の右解除の意思表示は既に右除斥期間経過後になされたこと明らかで其効力発生する余地がないから右主張も亦採用できない。
仍て更に被告の時効の抗弁に付按ずるに本件機械が原告主張の如き約束の下に売渡され其最後の代金支払時期が昭和三十年八月三十日なることは当事者間に争がないから反証なき限り右代金債権に付ては当日より又前記カーボンブラツシユ等の代金債権に付ては右売渡当時より夫々時効進行を開始すべきところ(原告は右機械代金に付ては其残代金支払時期を昭和三十年十一月末日迄猶予したと主張するけれども此点に関する証人幸山広治の証言原告代表者幸山正治の尋問の結果は信用し難く其他之を認むべき証拠はない)右各債権は民法第百七十三条の第一号に該当し二年の時効により消滅すべきところ前記時効の進行開始時より記録により認められる本訴提起の昭和三十五年五月一六日迄の間時効中断があつたことが認めることができない原告は右時効は被告が昭和三十三年十二月二十五日本件債務存在の事実を承認したから当時時効は中断された旨主張するけれども原告提出援用の証拠を以ては未だ右中断の事実を認めることができず其他之を認めるに足る証拠はないから本件債権は前記時効開始時より二年の経過により消滅したものと言はなければならない然らば被告の抗弁は此点に於て理由があるから結局本訴請求は全部失当として棄却すべく訴訟費用に付民事訴訟法第八十九条を適用し主文の如く判決する。
(裁判官 池野仁二)